【球児の日記】バイバイ野球部~廃部が決まった最初で最後の夏~

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高校1年目にして迎えた最後の夏

この話は強豪校の選手の話でもなければ、ドラフト上位候補やプロ野球選手の話でもない。
一度は野球を辞め、月日を経てもう一度野球への純粋な思いを膨らませたとある高校生の話だ。彼は決して野球が上手なわけでも、高校卒業後プロになりたいという目標があったわけでもない。ただ「野球がしたい」という思いと1つの約束に突き動かされただけだった。

入学直後の野球部廃部

「また野球がしたい」という思いだけで野球部に入部したK(仮名)くん。
しかし、高校入学からたった4ヶ月で最後の夏を迎えてしまう。真っ直ぐな野球への愛が再び芽生えた彼を待ち受けていたのは、「廃部」という非情な宣告だった。



部員は6人だけ

「野球は9人でやるスポーツ」それは野球をやっている者なら誰もが知っている常識。その9つのレギュラーを狙い、切磋琢磨するのが野球である。

しかし、Kくんの入学した高校の野球部は部員が4人しかいなかった。

「先輩、試合日程は組まれているのですか?」
「ん?そんなもの去年の夏からしてないよ」
「え⁉では、今日の練習は…」
「したいならやっておけば?俺らは遊びに行くから。あ、入部届だけ出しておいてね」
「…」

今年の入部はKくんを含め2人。
部員は6人となったが、野球をやるために必要な9人には満たなかった。

部員が足りない。
それはKくんにとって何よりも受け入れがたい現実で、試合をしてないことや練習をサボっている先輩のことなど頭に入って来なかった。

数日後、新入生の部活動への入部の是非がすべて確定した。それから程なくして、野球部の廃部が決まった。

 

小学校はソフトボール、中学校はテニス

Kくんは地元で人気の中華料理屋の長男で、小学2年生の時、地域のソフトボールをやっている友達から誘いがあってやり始めた。

足が速く、小技が得意でバントヒットからの盗塁で二塁を落とすのが定番だった。隙あらば三盗も決め、チームのチャンスメーカーを担っていた。

小学3年の時、大会で優勝候補に逆転サヨナラした時もKくんのバントヒットがきっかけだった。油断しきった相手の隙をつき、一気に三塁を落とし込み切り込み隊長としての役目を果たした。必死さゆえにバントをした時に指を詰めてしまったが、痛みを堪え走り抜いた。

試合後、自らの父に「俺、プロ野球選手になる!」と誓った。

しかし、中学進学後はテニス部へ入部した。
自分が将来なるのはプロ野球選手ではなく、実家の中華料理屋の跡取りだと悟ったからだ。また、小学2年の時にソフトボールに誘ってくれた仲間たちが、揃ってテニス部に入部すると言い出し、それに流されてしまったのも一つの理由だった。

「なんであの時、野球部に行かなかったのだろう」

Kくんは、そのまま3年間白球を握ることなく卒業した。

 

再燃する野球への思い

「いらっしゃいませ~!」
「よう、K!久しぶり」
「先輩!お久しぶりです。帰って来られたんですか」
「就職までの3ヶ月だけな」
「じゃあ来年からは…」
「一般就職だよ」
「え…社会人野球は…?」
「ダメだったよ」

中学の冬休み、実家の中華料理屋でお手伝いをしているKくんのもとに訪れたのは、彼の憧れの先輩だった。いつものように「ちょい辛味噌ラーメン」をすする先輩。ただ、いつもと違うのは先輩が野球を引退し、もうマウンドに立つことがないということだった。

先輩と知り合ったのは、Kくんが小学2年のソフトボールを始めた時の事だった。先輩の弟さんがチームに所属しており、そのつながりで技術を教わることが増え憧れの存在になっていった。多彩な変化球と快速球が武器の先輩がプロになることを信じて疑わなかったKくんは、実力が足りず社会人野球に行けない先輩など想像していなかった。

「野球は…どうされるんですか?」
「うーん、たまに草野球をやるくらいかなぁ」
「じゃあ、もう…」
「そう、硬式を握ることはもうないよ」
「そんな…」

それからはラーメンをすする音しか聞こえなかった。周りのお客さんの声も何も聞こえなかった。

そして、ゆっくりとKくんの中にふつふつと湧き上がる感情があった。
「もう一度野球をしよう。先輩が本気の野球をできないと言うなら、俺が先輩に本気で野球する姿を見せるんだ」という真っ直ぐな志を持った感情だった。進学先の野球部は強くなかったが、自分の気持ち次第で本気でやることは可能だと考えた。

「ありがとうございました。先輩、僕また野球をします」
「え、お前…野球辞めたんじゃ…」
「また野球愛が芽生えただけですよ」
「そうか、じゃあまたKの野球する姿が見れるんだな!」
「はい!この夏、観に来てくださいね」

約束を交わし、Kくんは手伝いに戻った。
この約束が、廃部直前の野球部に入部したKくんのモチベーションを支えることになるのだった。



最初で最後の夏へ

部員6人で臨むことになった最初で最後の夏。
Kくんの高校は、他校との連合チームとなった。
監督もほぼ不在、部の先輩も練習に来ない中、Kくんは冬に交わした約束だけを原動力に日々努力を積み重ねた。「観に来てくれる先輩に、自分のできる最高の姿を届けるんだ」と、決して良い環境とは言えない中精進した。

 

11人の連合チーム

連合チームとはいえ、その人数は11人。戦力が整ったとは言い難かった。

相手チームは強豪校ではないが、それでも戦力差は歴然だった。自チームで試合前のキャッチボールをまともにできている選手は、自分を含めてもいないに等しかった。
だが、やるしかない。スタンドには、有休まで使って来てくれた先輩がいるのだから。

スパイクの紐を締め直し整列した。

 

自分がやって来たこととは…

プレイボールのサイレンが鳴る。
電光掲示板には「7番・三塁」で名前が刻まれた。

胸が高まるのがわかる。今から試合をするんだ。
今日の公式戦までの対外試合は、先々週行った練習試合2試合だけだが大丈夫。しっかり練習はして来た。そう思った。

カキーン!!!

乾いた金属音が響く。
初回から味方の先発投手がつかまり、先制を許す。1点、2点、3点…回を重ねるごとに失点は増える一方だ。4回までに6点を失った。

「あと1点失ってしまえばコールドの条件を満たされてしまう…」

そう思った次の瞬間、2死1,3塁で相手打者が放った打球はKくんのもとに。その打球を抑え1塁へ転送し、3アウトチェンジ!…のはずだった。
送球はファーストの頭上を越え、ランナーが生還。7-0、Kくんはその場に立ち尽くした。

「自分がやって来たことはなんだったのか」

そう考えてしまうのも仕方がなかった。なぜなら、その生還したランナーもKくんのエラーで出塁したランナーだったからだ。

そこからさらに1点を加えられ、8-0で迎えた6回裏。この回と次の回で2点を取らなくては7回コールドが成立してしまう。Kくんは焦った。

6回、1死ランナーなしで回ってきたKくん。何とかチャンスを作ろうと打席へ向かう。
その1球目は外への真っ直ぐでストライク。続く2球目も真っ直ぐで簡単に追い込まれてしまった。あとがないKくん。

「ストレートを続けてきたから、次は変化球…カーブか!」

全神経を研ぎ澄まし、バットを構えた。相手投手が振りかぶり、ゆっくりと足を上げる。バットを握る拳に力が入る。軽く足を浮かせ、タイミングを計る。
そして第3球…

カーブだ!!

思い切り踏み込み、肘を折りたたみながらスイングへ…捉えたっ!

バスッ…!

ボールは相手捕手のミットに収まっていた。空振り三振。
試合はその後、7回表にさらに2点を追加され10-0で7回コールドが成立した。

 

最高にかっこ悪くて最高にかっこ良い

Kくんの最初で最後の夏は、これで幕を閉じた。

涙は出なかった。悲しみよりも虚しさが強かったのと、野球部の先輩たちの落ち込んでなさを見ると悲しむ方がおかしいと思えてきたからだ。
数回しかしたことがないミーティングも、最後はしっかりとやり野球部の全活動が終了した。

「K、お疲れ様」
「先輩、スタンドから降りてきてたんですね」

先輩の目が見れなかった。

「何をうつむいているんだよ。顔を上げろよ」
「だって、せっかく来てもらったのに、エラーに三振にコールドですよ。申し訳なくて」
「馬鹿言え。かっこ良かったぞ」
「お世辞はやめてください…あんな無様でかっこ悪い試合のどこが…」

先輩の優しさに苛立ちを覚えるほどに、悔しさが込み上げた。

「俺が言っているのは試合じゃないぞ、K。お前の姿勢がかっこ良かったと言っているんだ」
「え…」
「誰よりも真剣に、やれることを精一杯やっただろ?見ていて伝わったよ。結果は三振やエラーだったかもしれない。けど、所詮野球の結果なんて”水物”だ。結果は、それが生活に関わるプロとかが気にするものだぜ?俺たちアマチュアは結果より過程。今この瞬間までに”何を学んだか”だ」

純粋に野球が好きだからやっている。そんな簡単なことを、人は忘れがちだ。

「ありがとうな。Kを見れたおかげでまた仕事を頑張れるよ」
「こちらこそ、ありがとうございました。先輩、僕やっぱり野球が好きです。中学の時は周りの意見に流され、一度野球を引退してしまいましたが、再び先輩と出会い野球が好きだと再認識しました。今日で野球部とはさよならですが、高校卒業後、家業を継いでからもどんな形であれ野球は続けていきます」
「良い経験になったな。俺も結局野球が好きで、毎週末、草野球してるよ。いつか試合組もうか!その時まで140km/h出るように維持しておく」
「そんな球、打てないですよ!!」

最初で最後の夏は、空を見上げることができないくらい眩しい日だった。



まとめ

人は時に結果ばかりを追い求めすぎて、楽しむということを忘れがちである。
本来スポーツとは、野球に限らず楽しいもので心と体を育む重要な活動である。

今回のKくんは、野球でそれを学び次のステージに活かすことを決心した。

現在の日本は少子高齢化が進み、同時に野球人口が減少している状況だ。
野球人口減少の背景には、野球が結果ばかりを求められる厳しいスポーツになっている可能性も考えられる。メディアでの情報配信が増えた昨今では、結果を残す選手に特に注目が集まり、アマチュアもプロのように結果を求められているように感じる。昨年で言えば現ロッテ・佐々木朗希選手が良い例だ。

成功しなくてはならない、そうでないと野球をやる意味がない。そんな野球界になってしまっては、これ以上の発展も未来もなくなってしまうに違いない。

そもそも人生の半分以上は失敗である。だから、どうか野球を好きな気持ちだけは忘れないでほしい。野球の失敗は、人生の成功につながる。その学びの機会を失うのはもったいない話だ。

これから野球を始める少年たちや、今まさに野球をやっている青年たちには、自分の「好きだ」という気持ちを信じて、大きな夢を抱き、真っ直ぐ歩んで行ってもらいたいものだ。

 

 

 

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