【球児の日記】大人の事情、子供の事情。

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手放された白球

「もうこのボールは置いていくよ」

彼は、そう言って野球道具の全てを実家に置き、大学へ入学した。
どこかケガをしたわけではない。病気や経済的問題もない。ましてや、昨日の昼まで、熱い気持ちを持って自主練習をしていた程に、野球を愛し、真摯に向き合っていた。
置いていったボールには一文字”夢”と書かれていた。

「野球はもうしないよ」

それが、実家を出発する前に彼が両親に残した最後の言葉だった。

瞼を晴らし、目を赤らめ、自主練習での素振りでグリップに血が滲んだバットを静かに置き、手入れの行き届いたグラブをケースに丁寧にしまい込んだ。

大人の事情と子供の事情の狭間で

どんな世界でもあることだ。
大人が子供に対してこうして欲しいと思うことや、大人同士の関係で子供を悲しませることは。社会の闇とでもいうべきだろうか。どこの世界でもあること、だからこそなくなって欲しいものだ。大人の欲望や願望で、子供の未来を奪ってしまうのは。

子供には夢がある。
何になりたいとか、何に挑戦したいとか…それは人それぞれだ。時に間違った方向に進むこともあるだろう。そんな時、正しい道に導いてやるのが大人の務めである。しかし、行き過ぎた大人たちからの抑圧は、子供からの反抗の対象となる。子供たちだって自分たちの思いがあるのだ。

ただ、あまりにも強大すぎる社会の圧力に子供たちは抗う力を持ち合わせていない。
その力の前に、ただただ服従するしかないのである。それは、彼も同じであった。



最初の不条理

小学生の時はエースとして、中学生の時は3番打者として活躍し、チームの主力として勝利に貢献をしていた。
そんな彼も、高校入学後、大きな壁にぶち当たってしまう。

長打力があり、肩も強い強肩強打の選手だったが、ボールをアジャストする能力が少し物足りないのと守備の中で度々出てしまう小さなミスが、彼のA昇格(この高校では1軍をA、2軍をB、3軍をC、育成選手をDと呼ぶ)を遠ざけた。

決して持っているポテンシャルは悪いものではなかった。
しかし、強豪校におけるこの小さな能力の違いは結果として大きな差になり、致命的な溝を作り上げてしまうのだ。その差が焦りを生み、さらにプレーを強張らせミスをしてしまう…そんな悪循環に陥ってしまう。

彼もその悪循環に陥り、2年の春にBからCへと降格してしまう。
だが、彼の場合、それが良かった。

降格により、自分の焦りと向き合う時間ができ、何が足りてないか、より明確に知ることができた。降格後、順調に結果を残した彼は同年秋にはBへと再昇格した。課題だったミート力も改善され、守備のミスも減った。Aへの昇格も見えてきた。

時期を同じくして、引退した先輩方の推薦により約170人を仕切る寮長に任命された。
野球に対する姿勢と寮生活でのまじめな取り組み、その人間性を評価されてのことだった。

「あいつはまじめで頑張り屋だ」とチームメイトも監督・コーチも認める存在となった。

「俺がお前を監督にAに昇格させるよう、推薦してやる」と、コーチの1人が言った。これでAに昇格できる!次はレギュラーだと興奮しながら彼は眠った。…が、現実はそんなに甘くなかった。

この強豪校では3年の春先から夏にかけて、自分の力が夏の県大会までにチームの戦力として貢献できないと判断した場合、ベンチ入りメンバーのため裏方に回る「引退」という文化がある。最後の夏までの数ヶ月間は練習のサポートをし、夏の県大会ではスタンドで声を枯らす。それがこの高校のベンチメンバー外の3年生の風習であり、生き様であった。

その時すでに3年の春。
チームは3年生の中からの新たな台頭より、1.2年生からの新たな台頭を求めていた。

「あの話は、無かったことにしてくれ」

昨日とは180度真逆のことをそのコーチは言った。

「わかりました…」

悔しさがドッとこみ上げた。同時に社会の不条理を知る。
どんなに頑張っても敵わない大きな力があることをはっきりと自覚した。

そしてこの日、彼は引退した。

だが、闘志は微塵も薄れていなかった。
必ずや大学で活躍して見返してやると、さらにその闘志は熱く燃え上がった。実際、先輩たちの中には、夏のベンチーメンバー外だったにも関わらず大学進学後に所属するリーグでベストナインに選出されたり、タイトルを獲得したりして見事に花を咲かせる人はたくさんいた。

この時はまだ、彼の目は死んでいなかった。

 

この世の正義とは

「正義は必ず勝つ」

戦隊ヒーローものではよく聞くこの言葉を彼は小学生の頃から疑っていた。

「なんで5人で1人をボコボコにするのに正義なんだろう?」

悪役は確かに悪いことをしたが、彼らも自分が生きるためにやっていること。その意見の違う相手を、その存在を、寄って集って袋叩きにするその光景に違和感を覚えた。
結局、正義とは力がある者のエゴなのではないだろうか。

思えばこの地球のルールも人間基準のものばかりで、他の生物が生きることを基準には考えられていない。人間が生きることを主張するのは許されるのに、他の生物が生きるために人間に攻撃をすると「害悪だ」と駆除される。それが本当に正義なのだろうか。

正義の定義を疑った彼は、寮長として職務の中で行動基準は「自分の信じる信念に従う」と心に決めた。

だから、主力の下級生が自分の犯した罪を彼の同級生に責任転嫁し監督からのお叱りを逃れた時、いわゆる先輩を売った時は激昂した。下級生が上級生になめた態度を取ったからではない。その姑息なやり方が許せなかった。それで罪のない友人が傷つき苦しんでいる姿が見ていられなかった。

まるで稀代の大罪人のように扱われる同級生をみて心を痛めた彼は、涙を流しながらその下級生を叱責した。叱責された下級生はその心の痛みを感じ取ったのか、はたまた彼の激昂した姿に恐怖を覚えたのか、とにかく泣きじゃくった。

翌日、監督の可愛がられ楽しそうに過ごしている下級生とその傍らで罪人のように扱われる同級生を見て、この世にはどうしようもないくらい性根の腐った悪が存在するのだと強く認識した。

その下級生は甲子園の歴史に残る活躍をし、現在はプロ野球選手として人生を送っているがどうしても応援できないのだそうだ。それだけ、彼の信念に反する悪意ある行いだったのだろう。

 

勝利より大切なもの

彼の所属していた高校は、100年前から鎬を削るライバルの名門校と県内高校野球の発展のため何十年か前から定期戦を行っている。プロ野球選手を多く輩出している両校の試合は、少し肌寒い時期に行われるが県内の熱心な高校野球ファンも観戦に来る。

定期戦は両校のOB同士によるエキシビジョンマッチから始まり、その後、両校の3年生同士が総力をかけて試合をし、1.2年生がスタンドから応援するという2部構成になっている。

だが、この年は例外だった。

この定期戦の目的は先にも述べたように「県内高校野球の発展のため」である。そして、その主役は開催年の3年生である。彼の高校はこれまで、定期戦での3年生全員出場を大切にしてきた。レギュラーもベンチ外も関係なく。

しかし、この年64人いた3年生の半分以上が出場せず、試合にはなぜかスタンドにいるはずの2年生が数名出場した。試合展開が厳しかったのがその理由だと思うが、3年生の集大成よりもその試合に勝つことの方が本当に大切なのか、彼は理解ができなかった。

何よりも悔しかったのは、ベンチにただ突っ立って勝ちを祈って応援することしかできない自分の無力さだった。

実家を出て寮に入り野球することを快く受け入れてもらい、自分の挑戦を応援してくれた両親に公式戦に出場する姿を見せられなかっただけではなく、この伝統の一戦ですら勇姿を見せることができないなんて。
ただの1打席も見せることができないなんて。

やはり自分が両親にできる恩返しは、大学野球で活躍する姿を見せることしかないと強く思った。

 

悔しさの先の絶望

こうして彼の高校野球は、静かに終わった。
夏の甲子園に出場し輝かしい最期を迎える、そんな漫画のような終わり方とは程遠い終わり方だった。名門に行けば、輝かしい高校野球ライフが送れるなんて甘い考えは持ち合わせていなかったが、それでも思った以上に厳しい現実に触れた3年間だった。

それでも目標が失われたわけではない。これからは、大学野球に標準を合わせひた走るだけだ。

大学は兄と同じところに行って頑張ろう。そうすれば両親に高校野球で見せたかった姿以上のものを、兄弟での活躍を見せることができる、と彼は考えていたが程なくしてそれは叶わぬ夢となる。

理由は、学力の問題だった。

学力の問題と言っても学力が足りないのではない。学力があるから東京の某名門大学の指定校推薦を途切れさせないようにするためのパイプ役になってほしいと学校側から依頼されたのだ。最初に考えていた兄と同じ大学も有名な大学だったが、学力で言うと学校側から依頼があった大学の方が確かに高かった。

こうして、彼の向かう場所は大人の事情で変更を余儀なくされたのだった。



好きな野球すらも

大学でのリベンジを誓い、次のスタートを切ろうとするも、自分の目標にした場所へは行くことが叶わなかった。

しかし、場所が変わってもやることは同じ。この大学野球での活躍が最大のリベンジで最高の恩返しだ。そう彼は思い、指定校推薦の合格率30%の壁を軽々と超えていった。

超えた先に、さらなる茨の道が広がっているとも知らずに。

 

入学前の現役引退勧告

「合格、おめでとう。ただ、そこの大学で硬式野球部には入るなよ」

監督に合格の報告に行くと突然、引退を迫られた。硬式野球部の留年率の高さと、進学先の大学の硬式野球部の監督と自分の高校の監督がそりが合わないというのが原因だった。
さすがに、我慢ならなかった。監督の言うことは絶対という環境だったが、この時彼はまともな返答を返さず監督室を後にした。

次の日、学年主任に直談判したがその学年主任も生徒指導である野球部の監督から釘を刺されていたのか、「諦めるしかない」とつぶやいた。

「あそこは普通の学生でも単位を取るのが難しい。その上、リーグ戦などで出席率が落ちては、いくら君の頭が良くても無理だ。ましてや君が行く法学部は、取得単位数が他より多いんだ」

真っ当な理由っぽく言われることに余計腹が立った。

指定校推薦でその大学に行くよう頼まれた時、名門大学だったので硬式野球部に入ることに制限などないか確認もした。そこの問題は特にないから安心しなさいと、その学年主任は確かに言った。しかし今、突き付けられた現実は「引退」の二文字だった。在学中のこの高校で言う「引退」ではない。本当の意味での「野球を引退する」ということだった。

「おい、話を聞いたぞ。俺から何とか掛け合ってやるよ」

コーチの一人が彼のことを気の毒に思い、声をかけてくれた。まだ何とかなるかもしれない。そう思い、コーチからの吉報を待った。

次の日、声高らかに名前を呼ばれた。承諾をもらえたのかもしれない…!期待を膨らませコーチのもとへ駆け寄った。

「いやぁ~、もうあれはあきらめろ!あれは無理だわ」

何を笑っている。

「大学なんて他にも準硬式や軟式もある。それでも野球は続けられるだろ?」

そういうことを言っているのではない。

「今の寮生活からも解放されてやりたいこともいっぱい増えるだろうし、それよりもまず単位を取らないと」

腐っている。高校で果たせなかった目標のリベンジのために、親への恩返しのために大学野球への挑戦を決めたのに、単位だ何だと…それが、指導者の、教員の言うことか…!!

「あんな良い大学に進学できるだけ御の字として…」
「失礼します」

もう、こんな人間を信じたり頼ったりはできない。信じられるのは己のみだ。
結局のところ、自分に力がなかったからこんなことになってしまったのだ。高校でレギュラーを掴むことができなかったのも、大学進学に際して引退勧告を受けたのも全て自分の力不足だ。

もういい。何も信じない。自分の道は自分で切り開く。

その日を境に、彼は練習に明け暮れた。練習量は、高校現役時代の自分よりも多く、新チームになった下級生たちの誰よりも遅くまで残って自主練習をした。進学先の「セレクション合格」、たったそれだけを見て練習に励んだ。誰の力も借りず、監督やコーチにセレクションを受けることも報告せず、野球を続けるために己の牙を磨いた。

 

蔓延る闇

セクションの日を迎えた。
コンディションは抜群で何も恐れるものはなかった。この日のために鍛え上げられた肉体も大学野球部員の目を惹き、多くの先輩方に声をかけられた。

「お前、あの高校出身らしいじゃん!それだけすごい体しているってことはやっぱりレギュラー?」
「いいえ、全然違います」

その言葉とは裏腹に、快音を響かせた。シート打撃では圧倒的な長打力を見せつけ、ケースノックではその鉄砲肩を如何なく発揮した。

「これでベンチ外かよ」

驚愕と同時に彼のセレクション合格を確信した先輩方は、「入学したら飯行くぞ」「とりあえずLINE教えろ」と気前よく話しかけてきた。「こちらこそよろしくお願いします」と、彼もそれに応じ今後の大学野球生活への想像を膨らませた。

後日、大学野球部の主務から合否の電話がかかってきた。

結果は、不合格だった。

 

これが最後

彼の野球人生は、大学野球部のセレクションが最後となった。やれることは全てやった。しっかり成績も残した。しかし、硬式野球部への道は断たれた。

自室で嗚咽する彼に、両親はかける言葉がなかった。文字通り人生をかけた挑戦。それがこんなにもあっけなく、そして無情に終わってしまったのだから。前日まで燃え上がっていた闘志は、その瞳の中から完全に消え去ってしまっていた。

「準硬式でも野球しないのか?」

両親と兄からの問いかけに対しても、彼は”NO”と呟いた。
東京に向かった後の誰もいなくなった彼の実家の自室の隅には、使い込まれた野球道具たちが静かに立てかけられていた。その野球道具の一つ一つに、セレクションを戦い抜いたほてりが薄っすらと残っていた。

 

後日、知ることになるが彼の不合格は最初から決まっていた。このセレクション自体が形式的な出来レースで、合格する人間はすでに決まっていた。彼と同じ日にセレクションを受け合格した一人も、セレクションでの成績は芳しくなく、高校野球部と大学野球部間での合格に関する条件付きの契約が交わされていたのだ。

そういう意味では、彼の高校の監督がその大学の監督を嫌っていたことも頷ける。

今思えば、そんな社会の闇を知って欲しくないという思いで、あの時監督は引退勧告をして来たのではないだろうか。真意はわからないが、教育者として不器用な監督が伝えようとした優しさであることは間違いない。

 

入学式を終え、数日たったある日、大学の硬式野球部の先輩から「飯に行こう」と連絡が来た。その先輩とは、不合格の通知があった後もしばしば連絡を取っていた。彼は「飯に行くだけならいいか」と集合場所に向かった。

先輩とは色々話した。セレクションに合格して一緒に野球をできると思っていたとか、パワーと肩が特に魅力的だったとか。そして、話の最後に言われた一言が彼を突き動かす。

「どうか野球を辞めないで欲しい」

それから数週間後の4月下旬、彼は準硬式野球部のグラウンドに立っていた。そこでの野球生活も紆余曲折あったが、最後のシーズンには所属リーグで最後まで首位打者争いを繰り広げ、惜しくもタイトルは逃したもののリーグ打撃10傑とチーム内での打撃三冠という輝かしい成績を残し学生野球に終止符を打った。

これが最後だと決めたセレクションの不合格通知の後、新たな道を見つけ切り開いた。

日々更新されるSNSで彼の活躍は家族に伝わり、両親はその勇姿を見て息子からの確かな恩返しを感じた。

 

人の背景を知れ

「明るいやつには裏(ネガティブな面)がある。だから背景を知れ」

東京の優良企業TOP100に選出されているコンサルティング会社に所属する彼が、常に胸に秘めている言葉だ。

学生時代、普通知ることができないであろう社会の不条理が彼を成長させ、期待の大型ルーキーとして現所属のコンサル企業にスカウトされた。会社の代表も彼に相当惚れ込んでおり、1年目からプロジェクトリーダーを任されている。

代表が惚れ込んだ理由は一つ。彼の背景だ。そして、それを知った上で、前述の言葉を彼に送ったのだ。
野球だけではない。社会の不条理に苦しむ人々はたくさんいる。その人たちが明るい未来を切り開くためのきっかけになれればと彼は考えている。

大人の事情や子供の事情。それが誰かの未来を奪うというならそれも不条理に変わりない。

コンサル企業の野球チームで4番に座る彼は、悩める人々の暗く沈んだ心の中に確かな未来への希望の花火を打ち上げている。



まとめ

時代は移り変わり、男尊女卑や年功序列といった日本の古くから続く悪しき風習も少しずつ変わってきているが、今も尚、それらが蔓延り続けている現状は確かに存在する。

これが、どれだけ多くの人を困らせ、悩ませ、その未来を奪っていくか当事者は知る由もない。

一人でも多くの未来を守るためにも、取り除かなければものがそこにあるのだ。

「大人の事情だから子供は知らなくてもいい」ということもまた、その当事者の身勝手であり、それすらも知らない子供たちは「なぜやりたいことができないのか」さえわからぬまま、一つまた一つと未来への希望を失っていく。

確かに子どもたちに伝えない方が良い事も多々あるだろう。
しかし、大人同士の勝手な決め事が子供の意思や熱意を無下にしてもいいという理由にはならないのである。

抗えない圧力や権力の存在があるかもしれない。それでも、教育者である大人たちが取るべき行動は、それらに諦め屈することではなく、今の持ち球で現状できるベストな対策は何かを共に考え、そこに導くことではないだろうか。

 

 

 

【球児の日記】は球児だった頃の思い出から今を生きる球児たちの思いまで、球児の感じてきた思いを綴っていきます!
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